聖林寺について

本尊・寺宝

本尊

子安延命地蔵

色白の肌に三日月型の眉、紅が残る唇が特徴的な、大きなお地蔵さま。
江戸時代中期、この寺の僧 文春が女人泰産を願い、造像しました。
寺伝では、文春の3人の姉が幾度も出産で難儀をしたと伝えていますが、江戸時代にはお産で苦しむ婦人がこの界隈にも多かったのでしょう。文春は大石仏造像の願をかけ、自身で作った木彫りの地蔵を背負って諸国行脚を行い、4年7か月かけて托鉢で浄財を集めました。

造像にあたり、地蔵菩薩が文春の夢枕に立って自ら仏師を指定したといい、文春は地蔵菩薩が指定した但馬の石工を探し出し、3人の石工が数日かけて完成させたと伝わります。

以来、安産と子授けのお地蔵さまとして人々に親しまれてきました。
聖林寺の子授けの祈祷は大要を真言密教の法則に拠っていますが、この寺独自のものがあり、霊験あらたかであります。

諸尊

江戸時代中期

掌悪童子

本尊右。赤身で肩と腰に衣を纏い、右手に独鈷を握り、左手を頭上にかざす。

江戸時代中期

掌善童子

本尊左。白身で腰に衣を纏い両手で一本の蓮華を持つ。

室町時代

如来荒神

密教の大本地仏大日如来と、日本特有の荒神(竈の神)との神仏習合の仏。六臂(腕が6本)其々の手には密教法具を備える。

鎌倉時代

毘沙門天

四天王の一尊、北方を守護する多聞天が独尊となったもの。邪鬼の上に立ち鎧を身につけ、左手は腰に右手は三叉戟を持つ。

辯財天
(秘仏)

音楽と知恵を司る。様々な持物を手にする八臂で、白蓮に半跏坐で鎮座。

寳蔵天
(秘仏)

福徳の天女、吉祥天と同じ。頭に花冠、着衣は赤、紫、金、白、緑で飾り、靴を履く。右手は蓮の花、左手は宝珠を持ち、極めて美麗な姿で現れる。

鎌倉後期

阿弥陀三尊像

極楽浄土の教主。端正な顔立ちの座像で、衣の一部に僅に金が残る。白毫(びゃくごう)と肉髻珠(にくけいしゅ)をつけ、両手は上品上生の定印。

藤原時代後期

〈右脇侍〉
地蔵菩薩

瓔珞を胸につけ左手に錫杖、
右手に宝珠。

藤原時代後期

〈左脇侍〉
聖観音

左手に蓮、右手は
施無畏印。

マンダラ

毎年11月1日~30日の間 公開

室町時代

胎蔵曼荼羅

密教経典大日経により中央真中に法界定印を結んだ大日如来。周りには四仏と、四菩薩で八葉になっており、十二の院に分けられる。生命が胎内で育つように、仏の慈悲は本来自身に存在しており、育つことを意味している。

江戸時代

金剛界曼荼羅

密教経典金剛頂経により上部中央の大日如来は、智拳印をむすび大日如来の知恵が堅固な悟りであり、何ものにも傷ついたりついたり揺るがない、知徳の世界を表現している。九に区切られている。

室町時代

談山曼荼羅

中央に藤原鎌足公、その左が長男 定慧、右に二男 不比等が描かれる。

室町時代

當麻曼荼羅

感無量寿経に基づいた変相図で、中央に阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩を中心とした聖衆。空中に散華や楽器、飛天が舞う。向かって左は王舎城の悲劇を、右は十三観法。下部に、九品往生のさまが描かれる。

南北朝時代

春日鹿曼荼羅

春日大社周辺に生息する神の遣い白鹿の上部に五仏〈釈迦(一宮)・薬師(二宮)・地蔵(三宮)・十一面(四宮)・文殊(若宮)〉、更に御蓋山が浮かび日輪が現れる。

南北朝時代

観音浄土補陀落山図
[桜井市指定文化財]

観音菩薩の浄土を描いた非常に例の少ない貴重なもの。

江戸時代

星曼荼羅

毎年2月3日の星祭り修法の際に掲げ、その年の厄除けを修し、開運を祈願する。